落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

2021年4月13日火曜日

第115回志ん諒の会チラシ


 

2021年4月1日木曜日

【 落語の雑則 58】 落語の平常心になる

かなり以前のことになるが

かわいい先輩が私をして

「トイレの100ワット」と

無駄に明るいってことで

笑いのネタにした

いゃあ

実に上手い

それは表現ばかりか

捉え方も秀逸で

なんとも

感心した

また一方で

少なからず

そんな先輩を

かわいく思えたのを

いまでもハッキリと

覚えている

だから

すこしも

引っかからず

不愉快に思うどろこか

ちょっと嬉しかった

なるほど

明るさは無駄かもしれないが

かわいさはけっして

無駄にならないという

思い出である


まあ

かように

私の平常心は概ね

明るくご機嫌である

それが

高座という楽しい場に

登れば

それはそれは

浮き立ってしまうのは

当然のこと

嬉しさと楽しさが

思わず顔に溢れ出てしまう


そんなままで

話し始めると

妙にご機嫌な登場人物ばかりが

出てきてしまうことになる

そして

落語が妙にご機嫌な落語家の

自己満足な話になってしまう


だいたい

落語の柱は登場人物の葛藤である


葛藤の表情は笑顔か

いやいや


だから

落語の平常心は

ご機嫌では無い


むしろ

悩みや

ふてくされ

不機嫌に近い


かといって

そんな心持ちでは

明るく楽しい落語を

作れやしない


落語の平常心と

自分の平常心との

釣り合いを感じなければ


高座に向かえば

落語家としての自分である


おじぎから

おじぎまで

落語家としての自分で語る


そんな落語を追求したい


2021年3月29日月曜日

【 落語の雑則 57】 声を張らない

「男一匹ガキ大将」

「明日のジョー」

中学生の頃

ケンカがかっこいいと

ワルに憧れた


結局は

童顔過ぎて

その道は諦めたのだが


ケンカのやり方は

ずいぶんと友達と学んだ


そのひとつが

腕を伸び切らして殴らない


こんな事を思い出したのも

声を張って

がんばって喋っていると

自分は

やってる感まんまんだが

明らかに

芸が伝わっていない

と思う事があるから


伸びきった拳に力は無い


張り切った声にも

力は無いのかもしれない


中学生の頃の遊びに

プロレスごっこがあった

コブラツイスト

四の字固め

テレビで見た大技を

痛くないように

気をつけながら

笑いながら

かけ合う

ところが

それが

思いのほか

あっさり

出来てしまって

驚いたものだった


今にして見れば

あたりまえだが

ごっこだからに他ならない


おっと


もしかしたら

この

ごっこがいい技を見せるコツ

なのかもしれない


うむ


真剣勝負で落語をしない

ごっこで落語をする


声を張り切って落語をしない

余裕ある声量で落語をする


そうか


ごっこだと思えば

勝ち負けではない

楽しいかどうかである


ごっこ遊びの余裕で語る


そんな落語を追求したい




2021年3月28日日曜日

3月27日の誕生日に

誕生日には

ドップラー効果がある

近づいてくるにつれ

「いやだな」感はどんどん高まるが

過ぎてしまえば

「あぁあ」と直ぐに消えていく


こんなふうに

誕生日にワクワクしなくなったのは

いつの頃からだろう


そうだな

きっと

マンガにワクワクしなくなった頃からの様な気がする


マンガは

ハッキリと直感的

激しく感情的

陸上競技なら短距離走


それに対して

現実は

ハッキリと直感できるような

刺激は少なく

感情的な激しさもなく

平穏な毎日が続く

そう

陸上競技なら長距離走


だから

今では

誕生日は

淡々とした毎日の

通過点の標識のようなもの


目標でも無ければ

もちろん

ゴールでもない


だが

生を受けたことに

親に

この世に

ありがとう

感謝の気持ちを確認する

そんな日だから

誕生日は

区切りの日である

ならば

区切られた以前が

スッと

消え去るのは当然か


そうか

誕生日から誕生日まで

この標識から次の標識までの

短距離走として

毎日を走ることが出来れば


次の誕生日には

きっと

ワクワクできるだろう


---


3月27日は

年度末でもあるからね

決算してみよう


あはは

おやおや

こりゃ大幅黒字です


それもこれも

みんなみんなのおかげです

ほんとうに

ありがとうございます


また引き続き

ご贔屓のほど

よろしくおねがいいたします



2021年3月25日木曜日

【 落語の雑則 56】 徐々にお客と眼を合わせない

落語家は落語世界への案内人

案内人は景観に入らない

景観を紹介するだけ


けれど

案内人に馴染めないと

紹介を聴く気にならない


だから

はじめは

しっかりお客と目を合わせて

よろしくと伝える


しかし

それが済んだら

徐々に視線をずらし

話に入った頃には

視線は

すっかりお客の頭の上を

撫でている

子供に話しかける場面など

視線を下げる時には

できる限り

目を合わせない


これは

客の前から

姿を消すため


目を合わせた瞬間

落語家は己の姿を現す


オチの後

拍手の中

スッと

落語家としての姿を現す


そんな落語を探求したい




2021年3月14日日曜日

【 落語の雑則 55】 奥行きを意識する

話に「引き込まれる」という

どこに?


それは

落語家の向こう側

それが奥


上手いけど

滑らかだけど

演技はできてるけど


つまらないのはなぜ


それは

引き込まれないから


平板な

スクリーンのような

圧力だけを感じるような


そこに無いのは

奥行き


奥行きは作るもの

では

どのようにして

作るのか


そのための力は

押す圧力では無く

引く吸引力


奥行きは

引きで作る


では

どこに引くのか


それは

自分の中に引く



どうしたら

引けるのか



それは

話をなぞらないで

紡ぎ出す


なぞるのは上辺

紡ぎ出すのは

自分の奥から


そう


奥行きは

自ら

紡ぎ出して

話すことで作られる


お客が

湧き出てくるのは

どこからと

思わず

覗き込み


ぐいぐいと引き込まれてしまう


そんな落語を追求したい