落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

2009年7月22日水曜日

ストン

講談は実録物といいますが、
4割は嘘だそうですな。
ですから残りの6割が
真実ということで、
実6なんだそうですが。

これが落語ですと
「落語の中では」という語り始めで
一気に落語の世界に
入ってしまいますね。
そこは、その一言で、
全て、非日常の世界ということです。

しかし、どうでしょう、
落語ほど日常を意識する話芸は
ないように思います。

そこは長屋であったり、
お屋敷であったり、
遊郭であったりと
場所も時代も様々ですが、
演る方にはその語り口に
高い日常性が求められます。

「うん、いるいる」と言わせる語り口ですね。

「約束されている
非日常世界の中の日常性」
これが実現すると、
客は、ひととき、
別世界へ旅立てると言うわけです。

「語り口の高い日常性」とは
舞台の上の役者の台詞回しとは
明らかに違うんです。
どうやら、
そこには
今流行の狭小住宅建築の
「匠の技」のようなものがあるようです。

落語は舞台と違って、
装置、衣装、扮装、化粧といった
様々な要素をそぎ落としていることも、
「高い日常性」の実現に
寄与しているのではないでしょうか。

その日常性の扉を開いた
噺家の体を通って
客は非日常世界に誘われて行くのです。

そして、客は、ふわっと浮かんだ
ここちよい非日常世界から、
ストンと落とされて、
噺家のお辞儀と共に
現実世界に戻って来るのですね。

「会社を首になったんだよ。
おいおい、
さっきからポリポリ食ってないで
聞いてくれよ。
まったく、なんだよそれ。」

「こりゃぁ、カンパンでござんす。」

「おあとがよろしいようで。」

0 件のコメント:

コメントを投稿