落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

2021年3月3日水曜日

【 落語の雑則 51】 登場人物は皆自分自身

スタニスラフスキーは

「俳優の仕事」第三部で

演技の客観性を説いている



俳優は演技を自分以外の者の表現として

見られている

 

扮装し表現する俳優が

客観的に見えているのは登場人物である


対して


扮装せず表現する落語家が

客観的に見えているのは落語家である


落語家は演技を自分自身の表現として

見られている


だから


落語家の演技は俳優の演技と違う


それは


俳優はそこに自分以外の者を見せるが

落語家はそこに自分の中の一面を見せるからである


なので


落語の登場人物は全て自分の中のある一面の姿である


ならば


落語の演技を磨くとは

自分の中の様々な面を見極め

それらを一つ一つ磨きあげることに

他ならないだろう


落語を通して自分を知る

気付かなかった自分に出会う

新しい自分を表現する


そんな落語を追究したい


0 件のコメント:

コメントを投稿