落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

2009年7月14日火曜日

未練ねぇ

青年文化を20年ごとに、
その特徴から捉えると、
1940年代・決死の世代
1960年代・団塊世代
1980年代・バブル世代
2000年代・フリーター世代
になるそうで、
落語を聴くお客さんも、
それぞれの世代ごとに
同じ話でも
抱く思いは様々だろうなと、
あたりまえですが。

自分はこの
団塊の世代とバブル世代の
真ん中あたりで、
中途半端。
良く言えば、
両方の特徴を持っている
のかもしれませんね。

決死の世代と団塊世代は
政治が
青春に価値を与えていました。
一方で、
バブル世代とフリーター世代では
経済が
その物差しとなっています。

ですから、
人口比で多数の日本人は今、
政治より経済を
秤に掛けることが多いようです。

すると、この「首屋」はどうでしょう。

実に現代的な噺です。

貧富を意識し、
先の見えない今日に
自分を探す、
現代の青年が
共感できる「首屋」が
ここにいます。

また、生死をひしひしと感じさせ、
体制を嘲笑うようにもとれる、
そんな諧謔心が
決死の世代と団塊世代を
魅了する「首屋」でも
あると思います。

三遊亭伝統噺「首屋」
そこには歴史を見通した
先人達の見識を感じます。

この世にぴったりの
「首屋」です。
この世が大好きですから
未練たっぷりですよね。

「この世に 未練は
ねぇつもりで
あきねぇに へぇりましたが
そぉ おっしゃって
いただきますと
甘えたくなりますんで
娑婆の見納めを
さしていただきとう
ぞんじます。」

「ん 無理もなかろう、
未練があるのだな、
そうか、
なるほど、
首を手放した後じゃぁ
未練ねぇ
て訳だな。」

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