落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

2009年10月3日土曜日

師匠の誕生日

創作落語#1

筆を使って字を書く
というのは
最近ではさっぱりやりませんが、

小さい頃は
一人前に
お習字を習っていたことがあるんです。

小さい部屋でね、
先生と、何人かの
こどもが
行儀よく座ってるんですが、

この、
お習字というのは
書くのは楽しいんですが、
硯で墨を磨る、
これがめんどう、
退屈です。

そんなとき、
周りを見渡しますと、
難しい言葉が掛けてあったりしてね、

だいだいが
子供の興味を
そそるものはありませんが、

中に
なにやら
面白そうな
彫り物がある

これが
文鎮だったんです。

いや、
文鎮と言っても
我々が
半紙の押さえに使う
のと違って、
こう、
おっきな鉄のかたまりで
それが
人形のようになってるんです。

これはなんですかと先生に聞きましたら、
恵比寿様だそうで、

話は横道にそれますが、
恵比寿様ってのは
日本生まれなんですってね。
それで、
七福神の皆さんの
他の方はみなさん
外国生まれなんだそうですよ。
知りませんでした。

だからか、
外国の方には
日本人はことさら
気を遣います、

この10月は
各地の神様が
男女の縁結びを
相談するため
出雲に集るので、
いつもの場所は
神様が留守になります。
そこで神無月と呼ばれているんですが。

この時期、
他の神様に替わって
留守番して、
守って下さるのが
恵比寿さまです。

でもね、
ほんとは
みんなと一緒に
出雲に行きタイんです。
みんなと騒ぎタイんですね。

だから、
恵比寿様は
わらってるけど、
抱える魚は。
○○
ていうわけです。

この恵比寿様の文鎮が
大っきいのなんのって
子供だったからかもしれませんが
両手で持つのもやっとでしたね。

最近はそんな文鎮は、
ま、
たまに、
古い店先のレジで
伝票をおさえてたりしますが。
まず見かけることが
無くなりました。

見かけなくなったといえば、
この
筆で書く姿というのも
見かけなくなりました。

正月の書き初め
くらいでしょうかね、

まあ、
元旦は
おめでたく、
一年の始まりの儀式
ということなんですが、

ところが、
これが、
最近まで知らなかったんですが、

どうして
元旦がおめでたいかっていうと、

日本人全員が
一つ年をとる日、
つまり、
日本人全員の
誕生日だったんです。

赤ん坊は生まれたときに
一つ、そして、
お正月で二つというわけで、

昔の誕生日は
元旦だったんですね。
お腹の中にいた10月10日も
含めて生まれたときは1才なわけですが、

今、ふつうに
誕生日と言っているのは
明治35年の法律からです。

今の誕生日は
生まれて1年間は
0才だっていうんですから。
これは
もちろん
西洋的です。

ですから、
誕生日に
西洋の
ケーキを食べる
というのは
西洋の儀式なんだと
いうことなんですね、

そんな
誕生日のケーキを
買いに行ってます。

「おう、
源チャン、
源チャン、
なにシャッター
下ろしてるんだ
もう閉めるのかい
ちょっと待ってくれ」

「なんだい、
もう、
いい年なんだから、
おっきな声で
源チャンての
やめろよ」

「いいじゃねぇか、
ケーキ屋
源チャンだ
いいぞ
健ちゃんが
ちょいと
苦み走ってるってやつだな」

「あいかわらずだな、
熊さんは、
で、
どうしたんだい」

「どうしたじゃねぇ
ケーキ買いに来たんだ」

「熊さんがケーキ買うなんざ
珍しいね、
おや、
赤い顔して、
さては、
ごきげんだな
よっぱらってるだろ」

「ああ、
いまな、
師匠の家で
誕生会やってんだ
で、
ケーキがいるって
ことになってな
それじゃ
源チャンとこだってんで
来たんだ、
一つ売ってくれ」

「師匠って、
落語の師匠だろ、
オレ、
こないだ聞いたぞ、
師匠のピアノと一緒の落語、
よかったなぁ」

「そうだろ、
な、
みんな待ってるんだ、
早いとこ
一つ売ってくれ」

「売ってくれったって、
今日はもう売り切れだ、
見ろよ、
よく売れた、
一個もありゃしねえ、
だから
早じまいしてるんじゃないか」

「何言ってんだ、
オレがほしいのは
そんなちっちゃいのじゃないんだ、
誕生日のケーキ、
ほらほら、
こっちなあるじゃないか、
これだよこれ、
この一番大っきいの
これ一つくれ」。

「それはだめだ、
よく見ろ、
前に書いてあるだろ、
三日前までに
ご予約ください
ってさ、
だから無いんだ」

「なんだい、
ないんだったら
作りゃいいだろ、
急いでるんだ、
さっさと作ってくれ」

「おいおい、
そう簡単に作れないから、
予約してくださいってんだ。
熊さんの落語じゃないんだからな
そんな、簡単なもんじゃないんだ」

「簡単に見えるだろ、
落語なんてものは、
簡単に見えれば見えるほど
時間かかってるってもんなんだ
まったく、
ま、
いいや、
じゃ、
わかった、
こうしよう、
現物だからまけろなんてな、
電気屋でコタツ買うみたいなことは言わない、
な、
これ、
これを売ってくれ」

「だめだよ、
これは見本、
見た目はケーキだけど
中身は無いんだ、
空っぽ、
ボール紙のはこに
クリーム塗っただけの物、
ケーキに見えるけど
ケーキじゃないの」

「いいんだ、
師匠が、
ふーってやれればいいんだ、
だから、
ローソクもな、
ほら、
レジの横にあるやつ、
おや、
なんだい、
そのローソクが寄りかかってるのは」

「ん、
ああ、
こりゃ、
恵比寿様の文鎮だよ、
伝票押さえに使ってるんだ」。

「へぇ、珍しい物んだな、
そのローソクも一緒に売ってくれ」

「だから、これは見本なんだって、
売り物じゃないの」

「じゃ、貸してくれよ
な、
どうせもう
閉めるんだろ
だったら、
ここに置いておいたって
師匠んちにあったって
一緒だよ
明日の朝には
必ず返すからさ」

「だめだよ」

「なんでだめなんだ」

「そりゃそうだ、
こいつを持って行ってみろ
師匠はどっか行っちゃうぞ」

「なに、
どっか行くって
どこ行くんだ」

「そうさなあ、
ヨーロッパだな」

「なに馬鹿なこと言ってんだ、
こっちは急いでるんだ、
さっさと、
包めよ」

「まあ聞け、
いいか、
これを持ってここを出る、
すると、前は坂だ
坂の先には石段だ
こんな軽い物だぞ
その酔っぱらった脚で
ふらふら歩いててみろ
ふいとよろけて
落っことしちまうってもんだ
あわてもの」

「わかったから、
師匠はあれで
けっこう気が短いんだから
早くしてくれよ」

「まてって、
ここからだぞ、
石段の角に
タバコ屋がある
あそこには
今年はたちのお花がいるな
知ってるか」

「知ってるもなにも、
町一番のべっぴんだ。
音大でピアノやってるんだ」

「そうよ、
もうこの時間なら
帰って店番してるはずだ、
そこに
お前さんが
こいつを
ドサーっと落としてみろ、
あらたいへん
てなもんで
お花ぼうが飛び出してくるぞ」

「なに、おはなぼうが飛び出す」

「飛び出すだけじゃない、
大丈夫ですかてなもんだ、
思わず拾おうとするな、
お花ぼうの手がのびる
お前さんの手がのびる
思わず触れる
互いの手と手だ」。

「な、
なんだよ、
え、
それでどうなるんだ」

「お花ぼうは
慌てて飛び出したんだ
今時の子はたいてい
ミュールなんて
わけのわかんねぇ物を
はく、
これが慌てて履くと
小指がひもに引っかかって
奥まで入らないんだな
ただでさえ
ちっちゃいつっかけが
そんなんなってたら
もう、
よろよろだ
この箱をもつあげようとしたひにゃ
あーってなもんで、
また落としちまうわ
開けてみると
こんなクリームだらけなんだから、
ひっくりけえったら
そりゃあ、
ぐちゃぐちゃだ
あらー、
どうしましょってことになる
お花ぼうは責任を感じるな」

「えっ、そいつは
かわいそうだ」

「そうだよ、
お前さんは
いいやお花ちゃんのせいじゃない大丈夫、
なんてなことを言うだろ
色男」

「えっ、
そ、そりゃ言うよ、
で、どうなるんだ」

「そうなりゃ、
二人で師匠の家に
謝りに行くだろ」

「うんうん」

「すると師匠は
そんなことには頓着しない人だ
で、お前さんがお花ちゃんを
紹介するな、
すると、
師匠は
ピアノをひけるんなら、
これこれの曲はひけるかなと聞く、
はいひけますとなりゃ、
ピアノで落語ということになる、
お花ちゃんはびっくりするぞ、
で、卒業だ 」

「えっ、いきなり卒業か」

「そう、卒業するとどうすると思う
留学だよ、
ピアノで留学と言えば
ウィーンだ
ウィーンに行ったら
日本の話をするだろ、
当然、一緒に落語をやったという、
是非聞いてみたいと言うことになるな
では、と、お花ちゃんは
師匠に電話する、
お前さんがダメ元で言ったのに
誕生会に出てくれる人だよ、
そりゃあ、
行くわな
ヨーロッパに」

「おいおい、
ぼやっとして
聞いてたら
こんな時間だ
じょうだんじゃねぇ、
ちゃんちゃらおかしいや
ケーキが軽いからすっ飛んで
で、師匠もすっ飛ぶってか
じょうだんじゃねぇ
ささ、はえーとこ
つつんでくれ」

「え、どうだい、
心配になったろ」

「何いってんだい、
だれが
心配なんかするか
いいからはやく
包んで
く、だ、さ、い」

「はいはい、
わかったよ
じゃ、このローソクもだったな
これ、入れとこうか」

「あ、
いや、
そんな
ローソクだけじゃ
軽くていけねえ、
隣のその
でかい恵比寿様の文鎮を
ケーキの中に入れといてくれ」

今日の創作都々逸#58

忙しいのね 会えない訳は
年に一度の 誕生日
   

2 件のコメント:

  1. こんばんは。
    昨日はありがとうございました。
    とっても楽しいお稽古会でした。
    出先だったもので、いただいたお電話に出られなくてすみませんでした。
    それにしても、落語っていいものですね。

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  2. 本当にそうですね。
    お互いに
    これからも
    頑張りましょう。
    また、楽しい落語を
    聞かせてください。
    電話は次回開催日の相談です。
    後ほどご連絡いたします。
    よろしくお願いいたします。

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