今日の創作小咄#37
「いやいや、
困った
お花ちゃん」
「どうしました
ご隠居様」
「いやなに、
突然の来客でな、
これからというのに、
ちょいと
席を外さねばならなくなった」
「あらら、
それはそれは、
ご遠慮なく」
「そこで、
皆さんに
いきなり
都々逸を作れというのは
いかがと思う故、
まずは、
昔の歌を参考に、
それを少し変える形で
作ってみるのが
良いかと思う。
では、
お花ちゃんの紅で
華やかになった
このモミジの絵の下に
書いておくとしよう、
『大堰川(おおいがわ)
いはなみ高し
いかだしよ
きしの紅葉にあからめなせそ』
おや、
奥で呼んでおるようだ、
では、
失礼する、
まあ、
初めてのことだ、
気楽にな」
「行っちゃったよ、
真之介、
どうでもいいけど、
こりゃ、
なんだい、
『大堰川いはなみ高し
いかだしよ
きしの紅葉にあからめなせそ』
って、
意味わかんねえ、
なあ、
お花ちゃんはわかるかい」
「全然わからないわ、
真之介様はご存じなの」
「もちろん、存じておる」
「えっ、真之介は知っておるのか」
「ああ、ニコラスには
ちと難しいかもな」
「いや、
なんとなく
わかるのだが、
『いかだしよ』ってところが、
筏って、波が高いんなら、
船の方が良いだろうに、
そう思うだろ真之介」
「ほらほら、
『いかだ』ときたから
筏のことだと思うのが、
オランダ人の浅はかさだ。
これはな『いかだ、し』
ではないのだ、
『イカ出汁』だ」
「なんだって、
イカで出汁をとるのか」
「その通り、
いまじゃ、
臭いと言って、
やらないが、
シャムでは
スルメで出汁を
取っておるのだ、
そのころは、
それを売りにしていた
有名な
大堰川という
料亭があったな」
「なに、料亭」
「そうだ、
大堰川
といえば、
その当時、
ここに来ない大名は
大名じゃないって
言われたくらいの大店だ。
この大堰川に
一人息子がいたが、
これが道楽者の若旦那、
若旦那だけあって、
身体を動かすのが
大嫌い。
動かないで
美味い物を食ってりゃ、
太るのは無理もない。
太った太った。
帯が二人前というから
大した太り方だ。
だから、
趣味は将棋だ。
動かなくてよいからな。
吉原通いの毎日に、
将棋の駒より重い物は
持ったことがないという。
この一人息子に
馴染みの太夫が居た、
それが、
紅葉太夫だ。
その当時の錦絵にも
残るくらいの
いいーーっ女だ。
起請を交わして、
年があけたら
夫婦になろうと
約束していたな。
そんな大堰川に、
岩波という板前がいた、
これがいい男だ、
とにかく、
ぴっとしている、
ニコラスみたいに
たらっとしてないんだ。」
「余計なお世話だ
で、その岩波がどうした」
「いやもう、
この岩波という男、
鼻から、
目から、
眉毛から
着物の折り目も
定規を当てたように
ぴしっと、
通っていて
実に涼やか、
いいーぃ男だ。
しかも、
真面目、
真面目といったって
半端なまじめじゃない、
もう、
包丁以外は手にしない
という真面目ぶりだ、
あまりに
真面目なので
店の主人が心配してな、
少しは遊んだらどうだ
なんて言葉にも
耳も貸さない。
そんな毎日だ、
腕は上がるに上がった。
ついには
並み居る先輩らを尻目に
飛び級で板前頭になった。
喜んだのは
本人よりも、
店の主人だ、
お前しか
この店を継ぐ者はいない
と言いだした。
それを聞いて
怒ったのは
一人息子だ。
おれはどうなると
親に詰め寄ったから大変だ。
勘当だってことになったが、
ちょうどそこに
年があけて、
晴れて夫婦にと
やって来たのが
紅葉太夫だ。
もとより、
大店の一人息子というだけで
起請を交わした女だ、
勘当と聞いて、
すぐさま
ほんに好きなら
別れておくれと
言って
後足で砂をかけたな」
「おいおい、
じゃあ、
前足はどうした」
「そこだよ、
見てろ、
いまに前足が上がるからな、
いいか、
するとそこに、
すいません
私のせいでございますと
詫びを入れたのが
岩波だ。
紅葉太夫は驚いた、
こんないい男が
この大店の跡取りかと。
岡惚れもなにも
あったもんじゃない。
前足が上がった、
上がった、
すぐさま、
岩波さーんと抱きついたが、
岩波は真面目な男、
そんな筋の通らぬ
ことは出来ぬと、
紅葉太夫を突き放す、
紅葉太夫も負けてはいない
こんどは泣きながら
抱きつく、
突き放す、
抱きつく、
突き放す、
しまいには
泣き腫らした目で
すがるが、駄目。
欲を出した紅葉太夫は
とうとう一人になってしまった
という噺だ。」
「ん、
で、
これは何の噺なんだ、
真之介」
「まだわからないのか、
さっきの歌の意味だよ、
ニコラス」
「えーっと、大堰川、って」
「だから、
大堰川って料亭があったんだ」
「いわなみ高し、
いかだしよって」
「岩波って板前が
イカ出汁で
有名になったな
岩波の名が高いのは
イカ出汁のおかげよ
ってことだ」
「きしの紅葉には」
「一人息子は
将棋指しだから
棋士だ、
その馴染みの
紅葉太夫だから
きしの紅葉にだ」
「あからめなせそは」
「結局一人になって
泣いて目を赤くしたから、
あからめなせそだろ」
今日の創作都々逸#68
♪
千腹減る
紙まで食えるが 経った皮では
皮食えないと 身をえぐる
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