「ご隠居、たいへんです」
「ん、どうした真之介」
「いや、なに、このあいだ山へいきましたらね、
大きなイノシシが出て、
こっちに走ってきたんですよ。
拙者はあわてて、かけてきたイノシシのツノを、
つかみましてね」
「おいおい、真之介、
バカなことをいうんもんじゃないよ。
イノシシに、ツノなんか、あるものかね」
「あ、いや、実は、ハネをつかみまして」
「またまた、バカなことをいう。
ハネなんか、どこにあるんだ」
「あーっ。そ、そ、それなら、あの、
どこをつかみましょう」
「まったく、ホラを吹くならもう少しうまく吹きなさい」
「いゃあ、まいりました、さすがご隠居だなあ、
でも、もう少しって、ご隠居、
どうやったらもう少しうまくなれるんですか」
「ははは、そりゃかんたんだ、ホラ茶だよ。
ホラ茶を飲みゃあいい」
「えっ、ホラ茶ですか」
「そうだ、これだ、飲んでみるかい」
「ええ、じゃ、ひとつ、
あっ、あらら、こぼしちゃった、
あーあ、すいません、畳汚しちゃいました、
でも、このホラ茶ってなんです、
聞いたことあ無いなあ」
「真之介が知らないのも無理はない、
ホラの木といって、西国の珍しい木だ、
その葉を煎じて飲むと、
それはそれはうまいホラが吹けるぞ、
ここにその木の種がある、
どうだ、持ってって育ててみるか」
「おっと、あぶねぇ、また、
まんまとご隠居のホラに引っかかるところだった、
ね、そいつぁホラでしょ、
だってそうでしょ、
ホラだもの、根も葉もないはずですよ」
「おぅ、真之介もやるじゃないか、
そのとおりだ、
そもそもホラとはな、法螺貝のことだ。
山伏が使うもので、見た目以上に大きな音が出る。
法螺貝は大きな音がするけれど、
中身が何もなく空っぽだから、
中身のない話や大袈裟なことを言うのを
「法螺を吹く」と言うようになり、
「ほら吹き」と呼ぶようになったな」
「へぇ、じゃ、てことは、
その貝を吹きゃあいいんですね」
「まあ、そういうことだが、ここにはないぞ」
「もう、それじゃあ、
せっかく来たのに『かい』がねえや」
「いいや、貝はなくても吹くことはできるぞ」
「貝がないのに何を吹くんですか」
「畳だよ」
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