男は魚屋。漁師の三男として生まれ、家を出て棒手振りの魚屋となった。女房が谷山村(現在の目黒辺り)の小作の長女であったため、商売モノの魚を売らずに残しては、谷山村の女房の実家に届けていた。
・ある日、そんな帰り道、羽織姿の男に遭遇する。羽織姿の男は四人の刀を持った無頼漢に追われて、男に助けを求めた。やむなく男は天秤棒で応戦するが無力だ。そこにどこからか武士が現れ、斬り合いとなった。結果、武士はかろうじて勝ち残るが、かなりの深手を負った。
・息絶え絶えの武士を、なんとか武士の家まで二人で運ぶが、赤子を抱く武士の女房の姿を見ると、武士は「女房子を」と言い残し、その場で事切れてしまう。武士は、忠心から藩の不正を暴いたがために藩を追われた浪人だった。
・残された武士の女房子を二人は助けていたのだが、間もなく武士の女房は病で急逝する。残された赤子は男が引き取った。
・二十年の月日が流れた。男は、人望と腕前で、魚屋の株仲間の世話人として奔走していた。
・そんなある日、男が、たまたま佃に出掛けていたとき、お城から、急に献上の命を受ける。殿が珍しい魚はないかとのことで、芝にも命が下ったのだ。応じたのは無知な配下の魚屋だった。たしかにその頃では珍しいアオブダイを献上してしまう。間の悪いことはあるもので、お毒味役がその魚で食中毒を起こす。折からのお世継ぎ騒動と相まって、大事件となる。男は責任をとって自害した。
・その頃には、件の赤子はすくすくと成長し、魚屋としての技能を十二分に身につけ、独り立ちし、所帯をもって早四年が経っていた。そう、これが勝五郎である。
・男の遺書から、男は「育ての父」であり、「実の父」は、かの武士であったことを知る。
・それからというもの、勝五郎には酒と博打に明け暮れる日々が続く。ただ、勝五郎は女房を実に大切にし、「買う」遊びだけはしなかった。
・日に日に不条理故の自暴自棄は押さえられず、勝五郎は酒と博打で堕落していった。ときおり、亡き父の形見の包丁を、蕎麦殻から抜いては涙して。
0 件のコメント:
コメントを投稿