落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

2021年2月7日日曜日

【 落語の雑則 27】 書き割りになる


小三治さんの

黒紋付は

黒子のような

在りように

なるためと聞く


姿を消す落語家


いや

そうでは無く

姿そのものを

魅力とする落語家も居る

派手な衣装を

楽しむ落語家も居る


どちらも落語家に違いない


ただ

「落語家がしゃべれば落語だ」

では落語の姿は見えてこない


「今ここでは

姿を消す落語を

語るものを

落語家と呼ぼう


情景を浮き上がらせる落語家

彼らの目的は

落語そのものを伝える事にあるのだ」

(古の海外TVドラマ「インベーダー」のナレーション風)


そこには

落語の一つの姿が見えてくる


光学迷彩とは

背景を自らに映し出し

存在を消してしまう

最新の迷彩技術


様々な着物は

あるときは幇間

あるときは若旦那

また

あるときはお奉行様

の感覚


その時の着物

お召だろうと

小紋だろうと

どんな着物でも

これらは皆

光学迷彩のようなもの


お召も

小紋も

もちろん黒紋付も

舞台の書き割りに溶け込み

消える落語家には

まさに迷彩服


けれど

それでも消えない

落語家は居る

いや敢えて

消えたくないのである


いつも背景から

一歩前に出ては

そして

私私と連呼する

さらに

私を見てと主張する


もちろん

そんな私そのものを

楽しみにしているお客には

これ以上のものは無い訳で


けれどそんな落語家を

ここでは

落語家と呼びたくは無い


迷彩服で

スッと姿が消え

背景そのものとなり

落語だけが動き出す


そんな落語を追求したい


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