落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

2009年10月22日木曜日

いろは歌

 江戸の頃もきっとこんなふうに見つめられていたのでしょう



 今日の創作小咄#45

鈴木春信 ・ 寄菊 

 
 いろは歌・千一亭本当


「ご隠居、
釜屋にやっと着きましたな、
もう真っ暗です」

「そうだなニコラス、
見ろ、庭に菊小屋があるぞ、
おお、今が盛りと咲いておる」

「そうですな、
なにやら仲良さそうな二人が
見ていますぞ、
真之介、
どうだ、
お花ちゃんが
恋しかろう」

「何を言うか、ニコラス、
ご隠居、今が盛りと言えば、
先刻、客引きから
これより直ぐの
海晏寺(かいあんじ)こそ
紅葉の名所と聞きました
明日、女達が海晏寺に
紅葉狩り行くとかで、
どうでしょう、
ゆきしなに寄ってみませんか」

「そのとおり、海晏寺は
御殿山の桜と並んで
紅葉で有名だ、
おやおや、
真之介も隅に置けないの」

「いえいえ、
そういえば、
お花ちゃんのお母上が唄っていた
端唄に

アレ
見やしゃんせ 海晏寺
ままよ 龍田が 高尾でも
およびないぞえ 紅葉狩り
てなのがありましたが、
それですかな、
聞いたことあるよな、ニコラス」

「ああ、
唄といえば
『いろはにほえどちりぬるを』って
紅葉の事であろうかな、真之介」

「そのとおり、いろは歌は
紅葉の歌なれば、
手習いの歌として有名だ」

「それは存じている、しかし、
意味がよくわからん、

『いろはにほへとちりぬるを、
わかよたれそつねならん、
うゐいのおくやまけふこえて、
あさきゆめみしよゑいもせず』

だぞ、
この意味、
真之介は存じおるか」

「もちろんだ」

「まあまあまあまあ、
二人とも、
話は後にして、
部屋へ参ろう」

「はい、
ご隠居、
うわっ、
狭い部屋でござるな、
ここで三人寝られるかな、
真之介」

「そうだな、ニコラス、
まあ、
太ったおくさんだったら
無理かもしれんな、

いやなに、
若旦那がおってな、
紅葉狩りに行って、
酒を飲んでたら、
隣の奴が、
大きな音を立てて
屁をこいてな、

するとちょうど
紅葉がパラパラと
散ったんだ、
周りからドッと笑い声が起きた、
そいつはとっさに、
若旦那のせいに
しょうとしたんだな、

『おい、お前がつねったからだぞ』
と大きな声で言った、
若旦那は言い返そうと思ったが、
そいつは、そう言い捨てて、
逃げて行っちゃった。

悔しくて悔しくて、
その晩は、
酒をたらふく呑んで、
太ったおくさんと
いつものように寝たんだが、

夢を見たんだか
見ないんだか、
酒を呑んだのに
眠れないって話だ、
ニコラス」

「あ、それは
何の話だ真之介」

「何の話って、いろは歌の意味ぞ」

「は、いろはか」

「そうだ、
『いろは』は色づいた葉、
紅葉のことだ、
ゆえに、
『いろはに、ほへと、ちりぬるを』とは
紅葉に、放屁すると、散ったのを、
ということだ、
屁をこいたら紅葉が散っただろ、
で、
『わかよ、たれそ、つねならん』とは
若旦那よ、誰かを、つねったのか、
いや、んなことはない、
てことだな」

「えっ、じゃあ、奥山は」

「奥山じゃないんだ、あれは
『うちのおく』、
家のおくさんのことだ、
だから、
『うちのおく、やまけふ、こえて』は
家のおくさん、山のように、太って、
ってことだよ」

「じゃあ、『あさきゆめみし』は」

「そりゃあ、悔しくて、悔しくて、
眠れないから、うとうとっと、
浅い夢を見た」

「『よゑいもせず』は」

「そんだけ悔しきゃ、
酔えねえだろ」

 今日の創作都々逸#76

後ろ姿を 見送る部屋は
色は匂えど 散りぬるを



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