江戸の頃もきっとこんなふうに見つめられていたのでしょう
今日の創作小咄#46
歌川広重 東海道五十三次 川崎(六合渡舟)
ご隠居の若い頃・千一亭本当
「ご隠居、あくびが出るとは
お疲れと見えますな」
「ニコラス、このあくびは
先程の真之介のあくびに
釣られたもの、
釣られて
あくびをすることもあるぞ、
な、真之介」
「はい、その通りです、ご隠居。
それより、後ろを振り向かないで
聞いて下さい。
先の川崎宿、いや品川宿あたりから
気づいたのでござるが、
かなり後ろを、ずっと
付いてきている男がおります。
公儀の隠密では無いかと。」
「なに、さようか、気づかなんだ、
ニコラスも気づいておったか」
「いいえ、さすが真之介だ」
「いやいや、それより、
まこと隠密なのかどうか、
いかがして、
その真偽の程を確かめたらよいか、
隠密ですぅと、
聞くわけにいかんでな、
ニコラス」
「それなら、
こうゆうのはどうだ、真之介、
拙者がしゃがんで草鞋(わらじ)
を脱いで直す振りをするから、
その方は前に回って振り向き、
拙者越しに男の様子を見ろ、
隠密でなければ
そのまま過ぎ行くはずだ」
「それはいい、
では早速取りかかろう、
ご隠居も前へ出て下され、
良いぞニコラス」
「ああ、それっ、どうだ、真之介」
「風体は浪人者だな、
おっ、
しゃがんだぞ、
左の草鞋を脱いだぞ、
やはり、あれは公儀の隠密だ、
間違いないですな、ご隠居」
「いやいや、真之介、
儂(わし)も若い頃は、
前に草履を直す者がいれば、
釣られて草履を脱ぐこともあった」
「なるほど、
ニコラスもういいよ、
神奈川宿までは、まだまだだから、
この先で、もう一度試そう」
「いや、すぐでもいいんじゃないか、
真之介、もう、この辺りで
構わないだろう、前に回ってくれ、
では、それっ、どうだ、真之介」
「おおっ、しゃがんだぞ、
こんどは右の草履を脱いでおる、
これは公儀の隠密に
間違いないですな、
ご隠居」
「いやいや、真之介、
儂も若い頃は、左とくれば右と、
釣られて草履を脱ぐこともあった」
「そうですか、
ニコラス、もういいぞ。
しかし、ご隠居、
これで王手を指せます」
「ん、王手とはなんだ真之介」
「ええ、
こんどはニコラスに替わって、
拙者が草履を脱ぎます。
もう、男には
脱ぐ草履はありませんから、
これで止まれば、
間違いなく公儀の隠密です。
ニコラス、前に回ってくれ、
それっ、
どうだ男の様子は、
ニコラス」
「おおっ、止まったぞ、真之介」
「間違いない、隠密だ、ニコラス」
「あっ、褌(ふんどし)を脱いでおるぞ、
これはどうしたことだ、
真之介」
「慌てておるのだろう、ニコラス、
これは、まさしく、公儀の隠密。
間違いないですな、ご隠居」
「いやいや、真之介、
儂も若い頃は、
釣られて褌を脱ぐこともあった」
今日の創作都々逸#77
♪
釣られるものと
あついあついと 脱いでるうちに
自分ばかりが 風邪を引く
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