落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

2010年1月16日土曜日

ロマンスカー2

ロマンスカーにアナウンスが流れる。
「本厚木、本厚木です、お忘れ物の無いようにご注意ください」。

昼下がりのロマンスカーはそれでも十数人ほどの客がいた。いつものように、落語をサラっていたボクはそのアナウンスで顔を上げた。
なんと、全員が一斉に立ち上がっている。すでに、ボクの横の通路には人垣が出来ていた、入る余地は無い。

ドアが開いたようだ。少しずつ列が動き始めた。

列のおしまいは黒いコートを着た老人だった。左手に白いものを摘んでいる。何かなと見ると、ホッカイロだ。貼り換えたのかな、今日は一段と寒いからなと思いつつ、席を立ち、通路に出た。その時、数日前、財布を落とした事が頭をよぎった。

それも同じ本厚木駅でロマンスカーを降りるときのことだ。急いでシュウマイを食べ切って、ゴミをまとめて、慌てて立ち上がった。丸めてたコートのポケットから財布が落ちた。改札の前で気がついた。

諦めたのだが、出てきた。いろいろと嫌な事もあるけれど、不景気だけど、いい社会だ。
小田原駅で預かっているからという事で、受け取りに行った。しかも往復無料の切符を戴いてだ。まことに申し訳なく、届けてくれた名も告げない何方様と小田急様に心から感謝した。

ボクは今、まさに席を立った直後だ。もう一度、落とした物は無いかと、席の下まで目を這わせた。それが老人との間に3メートルの間隔を作ってしまった。

ロマンスカーは左右に二席ずつ座席が並び、中央に通路がある、その先に扉があり、踊り場、そして左右に出入り口だ。

老人の姿がその扉の向こうに消えると同時に、海鳥が騒いでいるような音がして、それはドヤドヤと現れた。大声で斜め上の座席番号を確認しながら、それは膨らんだコートでいっぱいに通路を塞いだ。

「どうぞ」と言ったわけではないが、あと2メートルほどで扉なのだからと通路を譲って、座席の前に立った。
ところが、それのお友達のそれが、次から次へと8人も現れるじゃないか。

ロマンスカーの通路はすれ違うには狭すぎる。
ジリジリと待った。
ボクはそれ達一団が過ぎたと同時に、脱兎のごとく踊り場に飛び出した。
「プシューッ」
閉まりゆく扉のわずかな隙間から、陽光に照らされたホームの眩しい光が消えていった。

去りゆくホームを暫し眺めて振り返れば、ワイワイと憎めない笑顔達が座席を向かいあわせにしようと奮闘していた。

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