落語草 (千一亭志ん諒 落語ブログ)

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2010年5月13日木曜日

井戸の茶碗 6




さてさて
井戸の茶碗もかなり
ピカピカしてきました。

今、問題は休む場所です。
どこで間を取るのかということです。

で、思ったのですが、
喋っている間は
息を出しているのですから、
間は息を吸うはず。

お客さんと呼吸を合わせるためには
この吸うことが要点かもしれません。

しっかり吸う。
六代目三遊亭円生さんは息を吸うときに
わざとと思えるくらいに
息を吸う音がします。
お鼻を患われていたとのことですから
その影響もあったのかもしれませんが、
それより、
今吸っているンだというタイミングを
お客さんに知ってもらうことで、
お客さんとの呼吸を合わせることに
役立てていたのではなかったのかと
思いました。

しっかり息を吸って
やってみたいと思います。

では最初から。

2010年5月12日水曜日

井戸の茶碗 5




今日は井戸の茶碗のペースを考えてみました。

0.まくら

1.千代田卜斎宅

2.細川様の御窓下
3 清正公様境内の茶屋

4.細川様の御窓下

5.千代田卜斎宅-高木作左衛門宅-千代田卜斎宅
6.大家さんが千代田卜斎宅へ

7.殿御前

8.高木作左衛門宅
9.千代田卜斎宅
10.高木作左衛門宅

0、23、56で上げていき、
1と4と7で休み、
89そして10と一気に突っ走る。
特に7はじっくりとためる。

一気に走ると14分。
残った1分を
147に15秒、15秒、30秒さらに加えて、
じっくりやってみよう。
ではさっそく。

2010年5月11日火曜日

井戸の茶碗 4




「ワシはな、
あの仏像を売ってしまった。
一旦手放してしまえば、
それはシトのものだ。
自分のモノではない、
買ったシトのモノだ。
その中から出て来たモノは
買った人のモノだ。
ワシは受け取るわけにはまいらん。
先方へ戻しなさい」

井戸の茶碗の魅力は
その言葉ひとつひとつが
「うん、たしかに」
と頷けることです。

そして、頷きながら、
そこはかとなく
ここちよい
可笑しさの香りが
してくるところです。

なにか明るい、
なにかいい心持ちを
予感させます。
講談に通じるものです。

そもそも
この噺の源は講談にあるようです。
しかし、
ソレを落語にしているところは
どこなのでしょうか。
つまりは、
講談のように説教臭くなって
しまわないようにするために
どこをどうしているのでしょうか。

いろいろとあるとは思いますが、
自分でしゃべつていて思うのは、
屑屋さんが物語の柱というところと、
その屑屋さんから見た二人の
頑固者の姿を描いているところかもしれません。

そこでは、屑屋さんが、自分の意見を
押し切られても、屑屋さんにとっての
不条理に反発することなく、
受け入れていくあたりに、
落語らしさがあるのではないかと思うんです。

そして、その先に、素敵なことがやってくる。
落語はそういった、
何ものかが報われる世界を描くことで、
聞いていだだける方に
カタルシスを感じてもらえることが
出来るのかもしれません。

ですから、
しゃべるときは
努めて、お侍の側からではなく
屑屋さんの側からの光を
強く当ててお話を
組み立てていきたいと思っています。

最後の高木作左衛門の笑顔は
清兵衛さんの笑顔を受けてのもの
そこに清兵衛さんの笑顔までも
感じてもらえられるように
できたらいいなあと
思っています。

2010年5月10日月曜日

井戸の茶碗 3

「士魂 」という言葉があることを
知りました。
武士の精神のことだそうで、
江戸の頃には町人達にも
「士魂」というような
心持ちが広がっていたそうで。
なるほど、
井戸の茶碗の清兵衛さんからは
「士魂」のようなものを
感じ取ることが出来ます。

今ではもう
成ることの出来ない
武士というもの、
男子として生まれたからには
一度は、この「士魂」のようなものに
立って、誇らしい気分に
浸りたいと思います。

そんな思いが自分の中にあることを
わずかな時間ですが、この井戸の茶碗は
教えてくれます。
また
清潔に過ごしたいという誰しもの夢を
わずかな時間ですが、この井戸の茶碗は
かなえてくれます。

だからこそ、なおのこと、さらさら、
自分では不十分です。
まあ、それだから、もしかすると
美談の講談にならずに
どちらかといえば
落語に近いものになっているかな
と思っています。

2010年5月9日日曜日

井戸の茶碗 2

井戸の茶碗の清兵衛さんは
正直です。
何に正直なのかと
整理してみると、

まず、
かわいそうと思った
千代田卜斎さんと
娘さんの助けになりたかった。
そして、
立派な心がけと思った
高木作左衛門の思いを
全うさせてあげたかった。
その自分の思いに正直なんです。

そこには清兵衛さん自身の、

「あたしなんぞに頭なんぞ
さげんでくだせえ」

「ボロ儲けは嫌いでして」

という在りようがあります。
自分はこれでいいんだという
強い自己が見えます。

「いいや、ちげえます、
そらちげえますで」

と侍に向かってきっぱりと
宣言できるのも
その在りようがあるからだと思います。

そこで思うのですが、
ではなぜ高木作左衛門に対面したときに

「いえ、高木様、それはご自身で
お持ちいだだきとう存じます」

と言わないのか、
売ったことに対しての責任感からなのか、

しかし、大金のこと、
屑屋さんにはその金に対して
それこそ何かあったときの責任を
とれないことは、
清兵衛さん本人がよく知っているはず。

思慮深い清兵衛さんの最善の選択は
おそらく

「では、おそれながら、
これより千代田卜斎様のところまで
ご案内させて頂きます」

ではあるまいか。
と思いは膨らみますね。

実にいいお話です。
人物それぞれの背景が
ぱぁーっと広がってきます。
その背景をいかに話から
感じ取って貰えるか、
それがこの話の楽しみだと
思っています。

夜も更けましたが
もう一回やってみますね。

2010年5月8日土曜日

井戸の茶碗

大変ご無沙汰いたしまして
申し訳なく、
幾たびも来られた方にはまことに
ひらにひらにお詫びいたします。

落語はもちろん続けておりまして、
実はこつこつやっておりました。

2月は明烏
3月は百年目
4月は井戸の茶碗
ついでにみそ豆
そして5月、今は
井戸の茶碗を15分位で
やろうとしています。

今悩んでいるのは
屑屋さんの声です。
さっき思いついたのですが
一番高い声というのはどうかなと、
地語りを標準としてです
それよりちょっと高い声で
高木作左衛門、千代田卜斎の娘、
アキンド仲間1
それよりちょっと低い声で
大家さん、アキンド仲間2
一番低い声で
千代田卜斎、良介
でやってみようかなと

さてさて
どうなりますか

いまのところ18分くらいまで
もってきました。

これ以上削りたくないので
時間はもうこれくらいで
よいかなと思っています。

さてさて
それでは
もう一度やって寝ます。
おやすみなさい。